白黒は色ではナイ? 


(白黒は色ではない?)

 今回筆者が示した”色の原理(生成要因・色配置の規則)”は、永年みんなが探し求めていた(データが無いため数値的な扱いが出来ていませんが)ものです。
 これまで(歴史的にも)多くの色彩学者が(必死に探し求めて)見付け得なかった理由は「白・黒」にあります。 
 「ニュートンの分光実験」以後、色彩学は近代科学を採り入れ進んできましたが、(三原色論が絶対的なもの)とされるようになりました。
 初期には(単一原色光)を追い求めたが果たせず、可視光線域を3帯域に分割することになり、「全ての色は3色の組み合わせで出来る」として・・、白黒の動作が分らないまま(無彩色)と名付けて、事実上(色の扱いから外して)しまい、このとき太陽光は(3原色全てを持っているので白・光りが全く無いのが黒)と決め付けてしまいました。 
(夜には白く輝いた星自体は変わらないのに、昼間は暗くて全く見えません)(昼間でも日陰の人物は暗くて誰だか分りません)、(白黒など)全ての色は(周りの色や明るさとの相対関係で)見え方が変わるものです。 見える見えない(可視限界)は、光りの強弱ですが、(白黒は相対強度で光りの有無ではナイ)のです。←(ここらが、誤りの始まりです)

 これまでの色彩論は(光りと色)の正体が判らないため、あちこちで(光りと色)が混同(混用)されていました。
 (光りは電磁波)で物理的な現象なので(物理的に正しく扱う)ことが求められます。これまでの(光の扱いは 色=光)で、光りの本性を見誤っていました。 (単一の光)はナイのです、必ず一定の帯域幅を持った光りの固まりです。(強弱=エネルギーの大小)を知りませんでした。
 目は(4種の光センサー)を持っており、各センサーの出力感度は頭脳に送られます。頭脳はセンサーからの信号を、画像に組立て直し、色々の解析を加え、現況の判断や予測も行い、危険回避・快適性の追及・・など色々の処理を行います。その中の一つ(光の分布を調べて判定した結果が(色として報告)されたもの、でした。
 色は頭脳が作りだしたもの・・・ ←(その意味では心理現象)だったのです。

以上、(従来の色彩学の欠点を補い、今一度(光りの物理的性質)を見直すことにしましょう。
 掲載の図面は(2010.2.13)「この色なーに?・・」です。(赤白黒は、ブー××です)